古文書によって解明された江戸時代の関所の建物を復元。関所の一番主要である渋墨で塗られた黒い建物「大番所・上番休息所」、高麗門という形式の門「江戸口御門」・「京口御門」、昼間は足軽が控えていたり、夜は足軽が寝ていた「足軽番所」、
芦ノ湖や街道沿いを見張っていた「遠見番所」、納屋と兼用で馬をつなぐ「厩[うまや]」、武器を立て関所を通る旅人を威嚇した「鑓建・長柄建」・「三つ道具建」が完全復元され、調度品などが公開されています。敷地内の御番所茶屋では芦ノ湖を眺めながら道中だんごを味わえます。
江戸時代に幕府は江戸を守るため、全国に関所を設置しました。江戸時代初期には、豊臣方の残党などの脅威があり、関所は軍事的な拠点として機能していましたが、やがて平和な時代となるにつれ、関所の役割も治安維持のための警察的機能へと移り変わっていきました。江戸時代260年間にわたって機能してきた関所も、幕府が倒れた後、明治2年にその役目を終え、廃止されました。
箱根の関所は1619年、徳川幕府によって西国に対する江戸の防備と治安を守るために設けられました。江戸に在住の諸藩の大名や奥方など、女性の江戸退出に対する取締りが厳しく行われました。